東京大空襲 | ひめさゆり訪問マッサージ

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  • ブログ2021.08.19

    いつもホームページをご覧いただきありがとうございます。

    担当している患者さんの中には、戦争体験をされた方も沢山います。今回は東京で生まれ育ち、まさにあの時東京大空襲を経験した方のお話です。

    この方は脳梗塞を患い、長年住み慣れた東京を離れることを余儀なくされ、市内の老人福祉施設に入所しています。とても明るい女性で、いつも笑顔で出迎えてくださり、いろいろな話をして和ませてくれる素敵な患者さんです。

    東京の深川で生まれ育ち、昭和20年3月10日の東京大空襲に合いました。まだ女学生だったこともあって、その光景は今でも鮮明に憶えているそうで、「本当に酷い空襲でね、東京が一面焼け野原になったのよ。もうね、きれいさっぱり何も無くなって、コンクリートでできていた学校とかが、あっちにぽつり、こっちにぽつりという状態だったの。ほら、殆どの民家は木造だから、あっという間に燃えちゃったのよね。でもね、お父さんが感の鋭い人で、すぐに避難したから私たち家族はみんな無事だったの。布団を頭にかぶって無我夢中で逃げたわ。両国駅が割と大きい建物だったから、その陰に隠れてしばらくいたんだけれど、お蔭で火や熱さなんかは感じなかったわね。だけどね、そこから区役所に行く道中、道端には多くのご遺体が横たわってて、見ようとしないようにしても、数が多すぎてそんなの無理よ。目に飛び込んできちゃうの。まぁ、だけど家族がみんな無事だったことが、せめてもの救いよね。戦争は本当に恐ろしいわよ。」

    あまりにも凄まじい話に、僕の心の中には衝撃が走りっぱなしでした。でも74年前に現実に起きた、まぎれもない事実なのです。

    先日、某テレビ局の終戦記念日の番組で、東京大空襲の特集を見ました。東京の人口の約半数が死亡した事実を知り、また、焼け野原になった写真を見た時、この患者さんの顔が浮かびました。今回の施術に伺った時に「〇〇さん、本当に大変な体験をしましたね。よくご無事で生きてこられました。今まで生きていてくれて本当にありがとう」と伝えると、とても素敵な笑顔で「あら、先生にそんなふうに言ってもらえて、私は本当に幸せだわ」と、心から喜んでくれました。

    私は、こうして戦争体験の話を聞いて、それを後世に伝えることが、戦争で犠牲になられた方を悼むことに繋がると思っています。その犠牲の中に今の幸せがあるのだと、深い感謝とこれからの自分の人生の在り方を考えずにはいられません。まず、自分の心に平和の種を蒔き、行動に現わし、インサイドアウトで周りに平和の種、つまり「慈愛」を蒔き、いつか必ず「平和」という花が咲くことを心から祈り続けていこうと思いました。

    この仕事は、生きる上で大切なことを、患者さんが人生の師となって教えてくださる、大変意義深い仕事です。

    最後までお読みいただき、心から感謝いたします。

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